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「なんでぞうなんですか?」

私の第3の故郷山形が、水浸しだと思ったら断水というニュースを聞き驚いています。県内でも状況は違うと思いますが、心配です。
友達が「水出た」って言ってたけど、早く平常運転に戻ることを願ってます。

さて去年、今年の発表会のプログラムは、記事でも書いたようにぞうが表紙です。
だけど生徒からしたら、なんで突然ぞうのプログラムなんだ??と思ってると思います。
やはり今年はとうとう「なんでぞうなんですか?」と聞かれました(^_^;)

実はこのゾウ、学生時代に授業中こっそり描きしたためたマンガが元になっています。タイトルはずばり「ぞうのマンガ」。
授業ちゃんと聞きなさいってね…。
そういえば数年前にその原稿がでてきて、懐かしくなったのでブログを作ってアップしたりもしましたねぇ。→ぞうのマンガ
「学生時代に授業中に描いたマンガをブログにしてみました。家族愛、思春期、食物連鎖などのデリケートな問題をテーマに盛り込んだ、何の教訓もないマンガです。ちなみに登場人物の名前は音楽用語。どうぞお読み下さい。」
(ブログ紹介より抜粋)

そんなわけで思い出深いぞうさん。
今となっては、なぜマンガを描こうと思ったのか皆目わかりません。
しかも人間は難しいからぞうさんにしようというところがまたしょうもないです(笑)
確か当時使ってた筆箱がぞうさん柄だったからぞうにしたような気が。
むしろ発表会プログラムはぞうのマンガのスピンオフ作品(?)笑。

そしてそして、なんか気分が乗ったので、ブログスキンも今年の発表会プログラムの絵に変えてみました。タグだっけ?やったことないからちょっと苦労したよ!
なんでぞうなのかって、これしか描けないんです(笑)
まぁものすご~~~~くお暇があってしょうがない時にでも、ぞうのマンガブログも遊びに行ってみてください。
記事一覧を見るとわかるのですが、その1~その4というタイトルが1作目、エピソード1~4というのが2作目です。2作も描いたのかよ!という皆様の心の声が聞こえてくるようです。実はアップしてない3作目もあるんだ(笑)


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by kabopiano | 2013-07-24 15:02 | 連絡 | Comments(2)

発表会と1周年の心のイボ

今回で発表会記事はたぶん最後です。
またこの記事を書くと、ブログのランキングサイトの記事一覧が全て「発表会…」で始まるタイトルで埋め尽くされるので、そういう意味でも一区切り。
ていうか「発表会」で始めたいがためにすっごい無理やりな題名になってしまった今日の記事、話は一年前にさかのぼります。

一年前の発表会の時というのは、今年と全然違う意味でピアノをLOSTしていました。
(発表会シーズンになぜかLOSTしまくりですね)
ピアノ教師になって2度目の発表会。
震災直後でなにがなんだかわからなかった1度目の発表会と比べ、「自分は今まで一体何を学んできたのだろう」「自分に教えられることはあるのだろうか」という思いが頭のなかをぐるぐるしていました。
学生という立場から放り出され自分ひとりでピアノを弾こうとしたとき、どういう方向に自分のピアノを進めていったらいいのか全然わからなかったのです。
当時の私は赤ちゃんが歩行器に乗って歩いていたようなもので、歩行器を取り上げられたら全然自立して歩けなどしなかったのです。

そんな沼の中でふがふがしているような私をひょいとすくいあげてくれたのは、今現在私がついている先生でした。
先生には以前からお世話になっていたので、エビチリを食べながら自分の状況をぽつりぽつり打ち明けました。
先生が提示してくれた解決策はいたってシンプル。「ピアノ弾こう」でした。

それまでのように単発でレッスンしてもらいに先生の所に行くのではなく、絶対月に1回(私の場合はこの頻度)何があってもいくという生活が突然始まりました。
それがちょうど去年の今頃だったなぁ。
へたれたことを言います、一回だけにしますので言わせてください。
この一年は正直、時間も体力もお金も追い込まれてる感も、全部きつかったです(苦笑)
でも先生からしたらまだ全然手加減してるんだというのはひしひし感じます(^_^;)

一年たってピアノが上達したかどうかは、自分ではよくわかりません。
でもこの一年間がなかったら私は全くの別人になっていたんじゃないかと思うほど、今日までの日々が自分の栄養になっているのだけはよくわかります。
先生って、「歩行器」じゃなくて「伴走者」のほうがしっくりくるかも。
アドバイスくれながら一緒に走ってくれてるの。

そうそう。先生のほかに私をひっぱりあげてくれた存在がもう1つあります。
ベートーベンピアノソナタ30番。
1・2楽章もいいんだけど、私の心の琴線に直接触れるのは3楽章なんです。
理由は特にないし、とりたてて好きな曲調というわけでもないのに、聴くと&弾くと心のニキビもおできもイボも全部が洗い流されるような、私にとってはそんな曲です。
一年前は弾くなんて思ってなかった曲をいくつも弾けたけれど、30番の3楽章は好き嫌い得手不得手の枠を飛び越えた、心の中に直接ガツンとくる曲なのは一年たった今も同じです。

だから今年は、私が再び生まれて2年目。
発表会が私の誕生日だ。

さて、腕がちょっと痛くなってきたからここいらで失礼します。
これからもそんなわけでちょびちょび更新が続くと思いますが、細く長く見守ってください。
センキューソウマッチフォーエブリワン


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by kabopiano | 2013-07-24 00:34 | 発表会 | Comments(0)

発表会と講師演奏

生徒は、先生はいつどんな時でも上手にピアノが弾けるものだと無意識に思っていると思います。
そんな前提の中で弾かなきゃいけないという恐ろしい瞬間、それが講師演奏です。
昨年の発表会では時間の都合で講師演奏ができなかったので、違う時期に演奏会を開いてピアノを聴いてもらいました。
だけど今年は…なぜだろう、講師演奏やろうってことにしちゃったんですよね…
「しちゃった」っていうのは変ですけどね(^_^;)

実は発表会前、手を痛めてしまいました。
今までは何しても痛めたことはなかったのですが(練習量の少なさを露呈)、発表会前ということもあり高さの合わない場所で無理やりパソコン作業していたのが直接の原因だと思います。あとスマホとかなにげ負担かかりますよね。
ピアノもパソコンもその他負担になるものは一切断って休ませるしかないので、気持ちは焦りまくりです。
そんな中でも何か望みや闘志などが心の中にあればまた違ったのですが、様々な出来事が重なって正直なところ生きるのに精一杯、気持ちの上でもピアノどころではない状態でした。
私普段は小さい浮き沈みはあっても、基本精神的に落ちるとか大崩れして生活に支障をきたすということがほとんどないのが唯一の長所だと思っていたのですが、あんなふうにピアノに向かえなくなるとは…っていう感じでした。。

もう発表会まで1週間ちょっと。
「講師演奏、別に必ずしもなくたっていいんだよ」
という甘言がどこからか聞こえてきました。だって、大体準備が間に合わないもの。
でもそんなとき、頭に浮かんだのはやっぱり生徒の顔でした。
別の機会に演奏会をしても、正直な所発表会ほど多くの人たちが来れるわけじゃないです。
それに今年が発表会に初参加の生徒は?人前でピアノを弾くっていうことがどういうことか全く体感したことがないわけです。従って保護者の方はなおさらそうでしょう。
生徒たちにレッスンでたくさん積み上げてきたことに対して、これではリアリティと説得力と裏付けがないんじゃないかとも思いました。
腕を痛めてしまった不可抗力とは言え、心の中ではアクセルとブレーキが混在しているような状況の中でとても葛藤しました。

本当のところ、発表会で講師演奏をするかしないかというのは、私はどっちでもいいんだと思います。
やれたらグッジョブだけど、発表会の運営自体に支障をきたすと感じたら他の機会を設けるのも全然アリかなと考えています。それは別に逃げでもなんでもないと思うし、時によっては逃げてもいいのかも(笑)
だから時間的な問題や状況によって、そんなのはすぐに表にでも裏にでもひっくりかえるようなこと。
だけど今回私の出した結論は、それでも弾くということでした。
こんな気持ちや状況で弾くことこそ、普段のレッスンに対する裏付けには程遠いしむしろ失礼なことなんじゃないか…という迷いはもちろんありました。
それに大体まだ腕も痛いし準備が十分できるわけないし、満足いかない演奏になってしまうだろうという思いを抱えながら本番を迎えることほど嫌なことはないです。

しかしながら、絶対やれ、やらない方が後から悔やむという思いをなぜだか最後まで強く感じました。
発表会プログラムの件じゃないけど、何かが降りてきて横で喋っているかのようにその思いを無視できないんです。ふしぎと。
あちゃ~これはやるパターンか…(笑)
もう失敗しようが心折れようが、これが今の自分の精いっぱいだというラインまで毎日やるしかないんです。
だからもう失敗するだろうとかそういうことはもはや別次元の話、関係ないんです。時間が足りないのは百も承知だけど、今年の私が生徒に見せられる姿というのは「舞台に上がる」ということしかないんですから。


こんな感じで講師演奏をやってきました。
でね、結果的に言うと、まじで舞台に上がっただけ(笑)演奏は散々でしたよ。
かっこ悪いし生徒に合わす顔なーい と思ったけど、だってしょうがなかったんだもん。異論反論オブジェクションおありでしょうが、私は今回ばかりは開き直ります。あれは私の精一杯でした。すんまそん。
これで大成功だったら美談だったんだろうけど、決めるときに決めない女、それが私!



オレは、持ってない。
(CMの本田圭佑ふうに読んでね☆ミンティアは常時携帯してるんだけどな)




繰り返しになるけど、今年はただ単に弾くという決断だっただけです。
発表会に向けて自分を引き上げていかなきゃいけないとき、自分の内面と対峙した結果、結局のところ心の中でギアを入れなおすことが不可欠だとわかりました。それがないと発表会できないよ。
その結果が「弾く」ということになっただけで、場合によっては「弾かない」が一番しっくりくるギアなのかもしれないし。
去年の自分だったら、内面をどうこうできずに舞台にも上がれなかったんじゃないかな。と後付けの理屈だけど思います。
ピアニストだったら気丈に弾いて大成功!じゃなきゃだめなのかもしれないけど、でもピアノ教師だからって失敗してテヘヘで終わっていいわけじゃないよね。
今年はできること全部やって失敗だったけど、来年はできること全部やって成功にできたらなおいいな。



くりっくしてけさいん
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by kabopiano | 2013-07-21 20:26 | 発表会 | Comments(2)

発表会プログラムと記念品♪

記念にのせておこうかな。
b0131993_2224731.jpg

この絵はね~ ある晩なにかが舞い降りてきて、一気に描き上げたの。
記念品のタンブラーには、生徒それぞれの名前が書いてあります。
細かいクオリティには目をつぶって下さいね。

今思い返すとこれは時間や労力の割に、なんだか身を削りだすような類のエネルギーを要しましたねぇ。
ま、そんなことはいいんだけど、去年同様ゾウの絵にしてみました。→去年のプログラム

パッと見ではピアノ発表会のプログラムとは思わないようなデーハーな表紙になってしまいましたが、タンブラーにする分にはいいかなってことにします(笑)
これ持ってスタバとか行ってみようかな。なんて。



くりっくしてけろ
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by kabopiano | 2013-07-19 22:51 | 発表会 | Comments(4)

発表会でピアノを弾く意味

「音楽は人との比較じゃない。あなた自身の音楽を奏でるのよ!」

なんだかずいぶん昔のスポ根マンガに出てきそうなセリフですが。。
表現はともかくとして、これと同義のことってよく言われたりしますよね。
ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン、的な。
だけど世の中は残酷で、勉強でも仕事でもなんでも他人と能力差はつくし、実際にそれを目の当たりにして受け入れていかなくてはなりません。

ピアノなんか、もう。もろにそうでしょうね。
発表会などを催せば、あの子はもうペダル使ってるとか、自分よりも幼い子が自分が以前弾いた曲をすでに弾いているとか、他の子は長い曲を暗譜しているのに自分は楽譜を見ながらしか弾けないとか、そういうことを比較しようと思ったらいくらでも比較できます。

「ピアノを弾くのは自分自身のため」
「発表会で人前で弾くことはやはり特別なことである」
そうは考えていたって、否応なしに負の感情を感じてしまうことはあるでしょうね。
というか、あります(笑)

でも私が「あ、この人すごいな」と思う人って、速弾きができる人でもペダル使える人でも長い曲を弾いた人でも幼いうちに難曲を弾いた人でもなんでもないです。
そういうことができたらそりゃすごいしえらいと思うけど。
そうじゃなくって私は、曲をいかに体の一部のように取り込んで自分のものにできたかがピアノの勝負所だと思うんです。
これは自分が仮にも教える立場になってから、はっきり感じるようになりました。
b0131993_1141655.jpg

例えるなら、ピアノの発表会はファッションショー。
それぞれの人に似合う服を探し、本人にぴったりになるように仕立てていくことがレッスンや練習の目的です。
一人ひとり顔や体系、さらに好みが違えば、似合う色だって違います。
どうやったら素敵に仕上がるのか、ボタンから糸から人には見えない裏地から何からなにまでを、生徒と先生で一から作り上げていくのです。

全員が同じ制服を着る必要はないし、誰かが去年着たものと同じ種類の服であっても同じ服は一つとしてないのです。
だって、モデルが別人なんだもの。
小学生が無理して大人サイズの服を着たってぶかぶかになるし、今度は逆に幼稚園児の制服が似合うかといったらまた別問題。物事には「旬」というものがあるので(笑)

また私はそれぞれに目的を持って、発表会の曲を考えておすすめしている…つもりです。
それがたとえ童謡・唱歌の類のようにありふれた聞きなれた曲であっても、実はこんな所にすてきなリボンがついていたり、あんな所にスワロフスキーのビーズがついていたりする曲だったりします。
または正面からは見えないけれど、後ろを向いたら見事に昇竜の刺繍が施してある学ランみたいな曲。
それに取り組んだら、表向きには見えなくてもきっとこの人は刺繍名人になれるはずです。
時にはちょっと無理をして、ウエストがきつきつのスカートを。
健康的なダイエットや筋トレも、場合によっては必要です。

そういう観点から選曲すると、生徒の年齢や能力と曲の難易度や長さは必ずしも一致しません。
たとえ同じ曲を違う2人に与えたとしても、それぞれが曲から得て欲しいことはまた違うのです。


先ほど書いた「曲を自分のものにする」ということは、言い換えれば「表現をする」ということです。
演奏を作り上げていくために曲をより深く学んでいくと、ここはこう弾くべきだ、体をどう使えばこのような音が出る、などなど実に様々なことがわかってきます。
そういう動機や意欲はまさに「表現」に直結しており、これらなくしてはもはや演奏ではないと思うのです。
ただの着せ替え人形。

我が教室の今年の発表会。
手前味噌ですが、全員がそれをやっていたと私は思います。
服と違って目にはみえないけれど、今まで作り上げた結晶のような演奏を携えてランウェイ…ならぬ舞台に上がる姿は本当に美しかったです。
ピアノを弾くってこういうことなのかなぁって思います。
至ってシンプルで、ものすごく深い。


自分の曲を自分の音で弾いた演奏は、本当にひとつひとつ宝物のようでした。
私の心が震えた演奏というのは、ミスしなかった演奏でも長い演奏でも超速の演奏でもありません。
舞台袖から生徒たちがピアノに向かう後姿を見ていて、それをはっきりと教えられたような気がしています。
そしてあんなに舞台で輝いていた生徒達ですが、並みの努力ではそうなれなかったこともよく知っています。
やっぱり発表会で、人前でピアノを弾くっていうのは特別な力だなぁ。





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by kabopiano | 2013-07-19 01:07 | 発表会 | Comments(0)

発表会が終わって

祭りの後。どうもわたしです!
先日うちの教室の発表会があり、おかげさまで無事に終わりました。
今年はいろいろ考えるところがあったので、のちのちのためにもブログで小出しにまとめておこうかなと思っています。

とりあえず、感謝とお礼の気持ちと生徒への惜しみない万歳三唱の気持ちでいっぱいです、とだけ今は綴っておきたいと思います。

また事情により、必要最低限しかパソコンを触れなかった時期がひと月以上続いていました。
そんなわけでブログも全く開けなかったのですが、先ほどブログのランキングサイトを久々に確認したところ、毎日ブログのランキングバナーを押し続けてくださった方がいました。
涙でそうでした。
涙そうそう って、涙でそうでそう みたいなニュアンス?違う気がするね☆

そんなわけで、教室のみなさんやひっそりと応援してくれたどこかのみなさま方、本当にありがとうございました。

今からちょっと出かけるから、またあとで書きますぞ


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by kabopiano | 2013-07-18 12:30 | 発表会 | Comments(0)

かじはらピアノ教室ブログです♪


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