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今、求められる教室の資質…

我がブログがめったに出さない(=出せない?)、賢い感じの題名にしてみました。どうかな?
どうもわたしです。

唐突にこんな題名にしたのもここ数日、生徒は私たちに&ピアノに何を求めて教室に来てくれてるんだろうかと考えていまして。
なんか自分探し中の人みたいなこと言ってるけど(笑)

子どもにピアノを習わせている親御さんはほぼ全員、我が子にピアノが弾けるようになってほしい、上達してほしいと思ってレッスンに通わせていることでしょう。
自分から求めてピアノ教室の門戸を叩いた方については、もう言うまでもないですね。
このように「ピアノを弾きたい」という入口から入ったにもかかわらず、生徒一人ひとりがピアノに求めるものは、同じように見えてもそれぞれ違います。

どんどん曲数をこなしてコンクールなどにも積極的に挑戦したい人もいれば、自分のペースで憧れの曲を弾いてよろこびいっぱいの人もいます。
また総合的な訓練も兼ねて習う人、ベビーシッター的に子どもを預けている人(笑)、本当に様々なスタンスでそれぞれやっているなあと思います。
それは大人も子どもも、友達でも同じ家庭で育った兄弟どうしでも一人ひとりニーズは違うのです。

その中でも45分のレッスンが最後までできるだけでも花丸の人、1週間で1曲を10回練習できたら大成功の人、レッスンに毎週通うだけでパーフェクトな人もいれば、1日何時間も練習したってこれじゃだめだと叱られる人、とにかく様々ですが、そこに優劣があるとは私は思いません。
「ピアノを弾けるようになりたい」という根幹は同じでも、例えば音大受験を考えている人と、細く長くピアノを一生の楽しみとして続けていきたいと考えている人では、見据える先は自ずと変わってくるでしょう。
ただ単にそれだけの違いだと思うんです。

現時点でピアノをどれくらい弾けるかという観点だけで優劣をつけようと思ったら、まーそりゃランキング形式で1位から最下位までが決められるでしょう。。
しかしそんなものは、ピアノを弾いている年数や始めた年齢、現在の年齢、そして環境や状況によっていくらでも変わってしまう、何の意味もない暫定ランキングです。
何の意味もない、って乱暴な言葉に聞こえるかもしれないけど、ピアノは徒競走じゃないですもん。周りと比べたって上手くも下手にもならない習い事なんですもん。
(人からいい刺激を受けることはたくさんアルヨネ!でもそれは比較ジャナイヨネ!)

それでも周りと比べちゃって悔しかったり悲しかったり不安になったり劣等感の塊になることはあります。ありました。
その点に関しては私はかなり経験豊富でプロ顔負けだと自負しております。結構まじですよ。
それは音楽の道に進むと進路を決めた時点で避けては通れないことでした。
どの世界でも評価され点数がつきますが、音楽の世界には独特のシビアさがあります。評価比較評価比較の世界の中に生きているような面もあるように思います。
でもそこは本筋ではないので割愛しますね。
けれどそれでも、私は最終的にピアノを弾くことは他との比較ではないとはっきり思うのです。

今ピアノを弾いて未来にどうなりたいかは、前述の通りほんとにそれぞれ違います。
でも今ピアノを弾き続けるということの意味を突き詰めて考えると、ゴールはピアニストになることでも趣味で楽しく弾き続けることでもなく、その更に先にあることだと思うんです。
その先にあるもの、私は「ピアノが生きていく上でのよろこびになる」ことだと考えています。

私は「みんなが特別だからみんなが主役。参加することに意義がある」というお遊戯会的意味で、生徒たちにピアノのレッスンに通ったり人前で弾くことを推奨してはいません。参加することに意義はあるけどね(笑)
「ピアノを弾けるあなたが特別。それは将来絶対自分に還ってくるから、ぜひ楽しんで弾いてほしい」
と思っているから、こんなにもピアノを推奨するわけです。

ピアノの先生でも音大生でも趣味で習ってる人でも、ピアノが弾けることで楽しいと感じたりうれしいと感じたりすることが、人生の中で大きな力や自信や励みになる瞬間がきっとあると思います。
別に「あぁ、自分にはピアノじゃないな」と思ったらサラっとやめたっていいんです。
でもピアノが弾けるとか音楽ができるっていうのはほんとに特別ですごいことで、クサいですけど宝物のようなことだと私は感じます。
大げさに聞こえるかもしれないけど、何を目指してる人にとってもピアノを弾いたことがいつか人生の糧になるっていうことを私は知っています。
だからピアノが好きな人にはチャンスがある限りピアノを弾いてほしいし、状況が許す限り弾き続けて欲しいと願ってやみません。






けどこういうこと言うのって、人によってはかえって迷惑で暑苦しいんだろうか、、、



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by kabopiano | 2013-01-30 00:12 | 考えていること | Comments(2)

非常識人

マイスイートハニーであるぼんじり屋さんと甘い濃厚な時間を過ごした先日。
たくさん遊んで一緒におふろに入って一緒のお布団で寝て、毎回トイレの介助までしたよね~(笑)
髪の毛をツインテールにしたら、
「ねーねーかわいい!プリキュアみたい!」
とのお褒めの言葉もいただきました。
そういえばスマイルプリキュア終わっちゃったよね。。

どうもわたしです。

ぼんじり屋さんこと甥っ子は3歳。早生まれなのでもうすぐ4歳。
わかっていることとわかってないことの境界がまだまだあいまいで、変なことをたくさん言います。
ちょっと前ですが、彼の大好きな「宇宙戦艦ヤマト」のテーマソングもその一つで、中途半端に日本語を知っているがゆえに歌詞を作り変えちゃっていました。
抜粋してご紹介しますので、正しい歌詞で歌いながらどうぞ。

必ずここへ帰ってくると 手を振る飛行機 笑顔で答え~ テレレッテレレテン!
銀河のサラバ イチュカンダルへ はるばるのぞる~
宇宙戦艦や~ま~とぉ~


子どもはよくやりがちですよね、こういうの。
簡単な日常会話くらいはなんとかなっているけど、言葉と意味とその背景がまだまだ結びついていないんだということを再確認しました。

私が学生だったころ、「バッハは曲集の最初に『常識を持って演奏しなさい』って書いたのよ。だからあなたも常識をもってピアノを弾いて頂戴」と先生に言われたことがありました。
改めて考えると、こんなこと言われてたなんて大恥!はは!
バッハの、というか音楽の「あたりまえ」をやろうとしたら、絶対こう弾く(もしくはそう弾かない)はずというルールや法則が自ずと見えてくるはずでしょう、という意味。

そうなんですよね。
「はい、先生に言われたことだけその通りやってきました。」なんて練習の仕方は、ただの例文の丸暗記みたいなものです。
覚えた例文を様々なパターンで応用できなければ、覚えた例文だけしか話せない人になってしまいます。
そんな丸暗記戦法のような練習をしているから、時に常識はずれな弾き方をしてしまうんでしょう。
まるで甥が「手を振る飛行機」なんていうありえない文章を平気で作ってしまうように。
(正しくは「手を振る人に」です)

音楽の「あたりまえ」の中で知らないことが、まだまだ多すぎるなぁと感じます。
うーん、通訳なしでもペラペラ喋れるようになりたいな~。。
でも甥っ子に関しては、成長してほしいけどいつまでもそのままでいてほしくもある馬鹿オバです(笑)


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by kabopiano | 2013-01-28 23:42 | 勉強 | Comments(0)

あとのカーニバル

「後の祭り」をもじって、ふざけて「後のカーニバル」って言ったりするじゃない。
カーニバルって「謝肉祭」だよね。
謝肉祭ってシューマンだよね。
それ弾いてるのって私だよね!(他にもいます)

はい、そんなわけで絶賛お肉感謝祭中の私です。

ちょっと聞いてくれますか?
全然弾けないの。
おっそろしいことに、譜読みすら半分までしかいってないの。
一応できた半分も、何がどうしたのかわからないくらいヨボヨボなの。
譜読みくらい絶対終わると思ってたのに、こんなことになるとは思わなかった。。
なんで? Why? Warm?

まさにあとのカーニバルですな!!

ははっ。

自虐記事ですみません。。

じゃぁぼんじり屋さん(甥)とおふろ入ってきます。


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by kabopiano | 2013-01-26 20:46 | | Comments(2)

子育てピアノに奮闘中

子育て中のピアノってほんとに大変だわ。
四六時中子どもにかかりっきりだとピアノに向かう時間自体がないし、お昼寝して手が空いたとしても雑務に追われたり、その残りの数十分でできることって限られてると思うとピアノに向かう気力が出せないのよね~。
なんて、「ルーキーママ、ただいまピアノも子育ても奮闘中☆」みたいな感じ出してみました。

どうもわたしです。

あ、アイハブ ノーチルドレンですよ。ついでにアイハブ ノーハズバンドです。
つまり独身です。わかってると思うけど一応ね!

今日は甥っ子親子が来ていたのですが、私は甥がいると頭がシャキーンとオバモードに切り替わってしまいます。
テレビ見ててもごはん食べてても、必要とあれば苦なくピアノの前に座ってパッと弾き始められますが(しかし単なるさぼり癖でぐだぐだすることは多々あり)、甥がいる状態で別の部屋にこもってピアノを弾くというのはなぜかできません。
言い訳なんだけど、すごい気になっちゃう。全く集中できない。

自分の子じゃないのに何を言ってるんだか(笑)
まぁね、毎日仕事でママ(妹)も疲れてるだろうし、子守りくらいしててあげようかな~なんて思う気持ちがあるのもほんとの所ではありますが、それにしたって毎日休みなしで育児だレッスンだ演奏だ練習だ家事だおやじだと全てこなしている世の中の諸先輩方には頭が上がりません。

以前、あるピアニストの方が「子どもが赤ちゃんの時は、片手でだっこしながら片手でピアノを弾いていたのよ。効果的だったかどうかはわからないけれど(笑)」とお話しして下さいました。
実際自分が乳飲み子を抱えて毎日バテバテの状態で、こうしてピアノに向かう気持ちを出せるだろうかと考えると、いやはや…。
世間的には「ただの趣味(の域)なのに」とか「サラリーマンの方がよっぽどつらいわい」など厳しいお言葉が飛ぶのかもしれませんが、そうじゃないんだよ~。
そこまでしてピアノにしがみつくことがどういうことかって、経験はしていないけれどそういうことだってお察ししますもの。指示代名詞多いって?お察しして(笑)

とか言いつつ、明日は甥が一人で泊まりに来ます。
てことはお世話係は必然的に…わっせろーい!!おわったー!おわたー!\(~o~)/笑
オバちゃんがんばるよ。だって母じゃないし。ただのオバだし。
さぁ、気合い入れて粘土とつまようじでぼんじり作ろうか。


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by kabopiano | 2013-01-25 23:07 | 練習 | Comments(0)

生徒からのカオスなリクエスト

レッスン中、仕上がった曲に丸つけしてた時の話なんだけど~。
先週よりもずっと上手に弾けたから、今回は花丸つけてあげたんです。
まぁ、ちょっとテンションとモチベーションがあがってくれればいいかなぁと思って。

その花丸を見た生徒が突如、
「この花丸のところに目があってさ~、ニヤーって笑ってたらさ~、ママがこれ見て『きゃーこわい!』って言うかもね(笑)」
って言ってくすくす笑い始めました。
いやいや、全然意味ワカランし(笑)と思いつつも、なんかおもしろいからニヤリ顔の花丸を描いてみました。

(本人による再現)
b0131993_1833234.jpg

なんの変哲もないただのらくがき。
なのにその生徒はくすくすくすくす楽しそうに笑うの。
それ見てたらさぁ、なんだかこっちも楽しくなってきちゃって、
「じゃあ次の曲がもし丸になったらどんな丸にしようか?」
なんて言っちゃったんです。

そしたら「ひげがついたどろぼうの花丸!」とか
「教本の表紙に書いてある太陽にして」とか、アイディアが止まらない止まらない。
うっかり口を滑らせたことを後悔するほどでした(笑)
丸をリクエストできるということで、意欲的にピアノに取り組んではくれましたが。

なにかが突き抜けちゃったのか、最後には
「スカイツリーに人がこことここにしがみついてて~、『たすけてあげないからね』『たすけないのかよ~』とか言ってる絵にして!」
と、もはや花丸でもなんでもないものをリクエストしていました。
b0131993_18104664.jpg

あぁ、これ、あれだ。
甥っ子が「ねぇね、プリキュア描いて。つぎはぞうさん描いて」ってやつに似てるんだ。
そうだよねぇ、生徒と甥っ子はいくつもかわらないくらいの年の差だし、まぁしょうがな…くないよ!
少なくとも私は大人なんだからスカイツリーを描いてる場合ではない(笑)

おうちに帰って生徒のお母さんが楽譜見たときなんて思うかなー…
それだけが心配なのであります。


クリックしてくれたらやる気でます、ほんと(>_<)
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by kabopiano | 2013-01-24 18:19 | レッスン | Comments(0)

スランプ中のリフレッシュ法 ~私流~

今日は前振りなしのどうもわたしです。
みなさん、毎日ドーデスカー?楽しいデスカー?私は楽しいですよ♪特に仕事が。
ありがたいことですが、一方で自分の練習の方がなかなかうまくいきません。
予定の半分くらいしか進んでおらず、焦るばかり。
だって、3歩進んで3歩下がってるんだもん。前日やったことを翌日には忘れてるんだもん。

昨日はとうとうひどい焦燥感やイライラ―――そう、例えるならば10キロ先の場所に向かってキャタピラのついた戦車で向かっている時のようなもきもき感―――に支配されてしまい、これじゃダメだと思った私は思い切ってリフレッシュ作戦Wを決行しました。

そう、禁断のウイニングイレブン解禁…!

前にも何度かブログ上で話題にしたことがありますが、このウイニングイレブン(通称ウイイレ)は、私が唯一自ら進んでプレイするゲームです。
サッカーのゲームなんだけどね☆くわしい楽しさはこちらを参照してください。

家族が寝室へ向かった午前0時、久しぶりにゲーム機の電源を入れました。
久しぶりに握るコントローラー。
「おかえり」、そう言ってくれた気がしました。
久しぶりにやったウイイレはそれはそれは楽しくて、ゴールを決めるたびにチームのみんなが歓喜するCGを見ては悦に入っていました。

そして今日。
昨日までとは桁違いに質のいい練習ができたんです。集中力もあったし。
「もう目標ラインまでとどかないことは明白だから練習やる気ないな」と思っていたのが、
「たとえまとめきれなかったとしても、今日できることは一生懸命やらなきゃ!!」
と、意識まで改革されちゃって。

…話盛ってると思ってますか(ー_ー)?
違うの!ほんとーにリフレッシュできるから!やってみてください!ほら!
私は何度、ウイイレに救われてきただろう。
学生時代からずっと、辛い時にそばにいてくれたのは君だったよね。
もういい大人なのにさ、また頼っちゃったね…。今回もありがとネ☆


ウイイレ好きな人クリ~ック♡
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by kabopiano | 2013-01-23 13:54 | 練習 | Comments(0)

ピアノのフタ、閉めますか?

このブログは自分の趣味的ブログなの?と、昨日はたまたま2人から聞かれました。
(言葉とかニュアンスは違ったけど)
私個人は仕事の一環じゃなきゃブログとか書かない方かな~。あんまり得意じゃないし。
こんなにざっくばらんに適当に書いていますが、実は教室のオフィシャルブログですよ♪
____________________
|Kajihara piano kyoushitsu official blog|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ふふ…オフィシャルってなんかオフィシャル感あってかっこいいですね。
あと、ちょっと手厳しい友人からは「長い」「読みにくい」「かおる先生(母です)のブログはファンだけど、教室ブログはちょっと違うよね」
なんていうご意見ご感想も頂戴しました(笑)
まぁ確かに自分で書いていてこんなんでいいのか!?と思います(^_^;)
でもいいんです。イッツマイスタイル!
しかしながら今日の記事は短めにまとめようと思う、流されやすい自分。。

どうもわたしです。



さて、うちにはグランドピアノが2台あるのですが、基本的に四六時中フタはあけっぱなしです。
ですので、むき出しのそれがいつも白黒しく輝いています。鍵盤のことね。
なぜだかわからないけれど、フタが開いているのがデフォルト状態という感覚があります。

で、先月うちの子になった新しい電子ピアノちゃん。
なんの意識も持たず当然のようにあけっぱなしにしていたら家族から、
「電化製品なのにフタって閉めないの?オレはいやだなぁ~、大切にしている高価なものなのにほこりかぶっちゃうじゃん。オレなら閉めるな~」
と若干皮肉交じりに言われ(笑)、はたと気づきました。
ピアノにはフタがついていて閉められるんだという事実に。

おかしいことに、それまでフタの存在についてそんなに意識したことがなくって。
そうだよね、閉めればほこり入らないよね。ごもっとも。
とは思いつつも、ついついあけっぱにしてしまうんですよね~
電子ピアノに至ってはフタはおろか、電源ボタンも必ず切り忘れます。
打率9割くらいの確率で電源ランプが点灯しているので、今日はとうとう無操作状態が続いたら自動的に電源が切れる設定を導入しましたよん。。

電子ピアノくらいはフタ閉める習慣を身に着けたいと思います。
が、グランドピアノは…どうしようかなぁ。
世の中のマイノリティは開ける派・閉める派どっちなんだろう?
もし開ける派がマイノリティだったら、使わない時間は試験的にフタ閉めてみようかな。



開ける派はクリック、閉める派もクリックで(笑)
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by kabopiano | 2013-01-22 12:16 | ピアノ | Comments(10)

私の思う脱力法

ピアノを弾く上で「脱力」は避けて通れない関所です。
脱力をするのは、ピアノの演奏において基本技であると同時に奥義であると言っても過言ではないくらい。
なのでこの歳になっても、脱力がどういうことかをわかってないなと思います。

いや、脱力がどういう状態かというのはいくらなんでも知っていますとも。
知っているだけでなくて、実際に脱力しようとしたらだらんだらんに脱力できます。えへん
おててガチガチの生徒にも脱力するために様々な方法を提示するし。えへん
私のみならず、どうしても力んでピアノを弾いてしまう生徒だって、脱力そのものができないわけじゃないですよね。だって寝てる時は体中脱力してるわけだし。
そうじゃなくって、様々な制約がかかった状況下で脱力しなきゃいけないわけです。
しかも「脱力しよう」と言っても、具体的に何をどのようにしたらいいのかがわからないから難しい。。

巷では様々な脱力の方法やトレーニングなどを目にします。
ほほうなるほど!と思って取り入れることも多いですが、それらの方法をどうやって曲の中で実践するのか、つまり特定のパッセージや一連の動作の中でどのようにすれば生かせるのかをひとつひとつクリアにしていかなければ、せっかくの脱力法は単なる「脱力のトレーニング」だけで終わってしまうと思うんです。
多分脱力のきちんとした講座みたいなやつをきちんと学べば、姿勢や呼吸からして変わる面があるのでピアノも変わるのかもと思います。
しかし私はそれプラスアルファ、前述の「曲の中で実践する」ということにももっと重きをおいて演奏したり指導をしたいと感じます。

ピアノを弾くためのテクニックと脱力というのは切り離せない関係にあるということにいつもフォーカスをあてていないと、練習の意味が希薄になってしまいます。
演奏につながる「脱力」だからこそ意味があるのであって、あたかもメソッドそのものが目的のようになってしまうと、なんだかそれはねじれ現象ですね。
そんなふうに脱力法を提示している人はいないけれど、使い手がはっきりと目的意識を持っていないと、時には大変なことをやらかしてしまうかもしれない。
この曲のこの箇所でどうしてもうまく弾けない、そして原因は脱力が上手くいってないからだ~
ということが起こった時に、体の何が不具合を起こして脱力できていないのかを突き止めていく段階でこそ、脱力の方法論が生きてくるのではないでしょうか。

で、今日こんな記事を書いたのは、さんざん口では「脱力」と言ったり言われたりしてるのに、局所的に実は全然できてないじゃん!って気づいたんです。
体がこんなふうになってるなんて、びっくりしました。
や~、口で言ってもわからないんだから、頭を使って体に覚えこませないといけないですね。。


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by kabopiano | 2013-01-21 23:03 | 練習 | Comments(0)

ホワイトソースの科学、こんにゃく芋の奇跡、音楽の神秘

あ~グラタン食べたいなぁ 作ろうかなぁ
と考えていた昨日の夜。

グラタン作る時ってホワイトソース作るでしょ。
バターで小麦粉を炒めるときにバターが溶けすぎているとだめだし、火が強すぎるとすぐに小麦粉が焦げ付いてしまう。
小麦粉を炒め始めた当初はボロボロしてるけど、もう少し炒めるとぺちょぺちょになるというのもなんだかおもしろい。
で、ダマにならないように牛乳で少しずつのばしていくというのが多分一般的なホワイトソースかなぁと思うのですが、この一連の作業はなんだか化学の実験みたいだなぁと思うの。

ホワイトソースのとろみはでんぷんの糊化によるものと昔家庭科で習ったような気がします。
デンプンは熱を加えると糊化して粘りが出ますが、そのまま牛乳を加えると水分によってダマができます。
しかし油とデンプンが出会うとダマが生成されにくくなるという性質があるので、風味のため+そのような理由でバターを使用するんですね。知らなかったけど。
油と熱を効果的に利用することで、あのおいしいソースができるんだな~。
料理って誰もが生きるためにやることだけど、実はすごく化学的なんだなぁと思ったのでした。

昔習ったシリーズで、私はこんにゃく芋についてもリスペクトの念を抱いています。
だってさ、こんにゃくの作り方って知ってる?

すったこんにゃく芋に水を加えてかくはん(ここでぼそぼその芋がなめらかに)
  ↓
変色するまで火にかけて粘りを出す
  ↓
30分放置
  ↓
凝固剤(炭酸ナトリウムやカリウムの類)を入れ、素早くかきまぜる
(一気に入れないとうまく固まらない。混ぜ始めはバラバラになるがだんだん固まってくる)
  ↓
バットに入れて固める
  ↓
湯がいてアクを抜く、熱でこんにゃく完全に固まる


だってよ!!
こんにゃく芋からこんにゃくを初めて作った人ってさぁ、どういう気持ちでこんな手順踏んだんだろう?
だってさ、すりおろした芋にそんな手間をかけて加工して、凝固剤まで入れてさらにゆでるなんて。
これね、到底人類が自ら思いついたとは思えない。
偶然の集まりでできたのかもしれないけど、その偶然も何者からかの「こんにゃくを生成せよ」とのお告げがあったんじゃないかというファンタジーを想像してるもん(笑)
だからこの世にこんにゃくがあるのって、奇跡に近いことだと思うんです。

ホワイトソースに科学を感じることもあれば、芋に奇跡を感じることもあり。
同様に、楽譜上のたった一音に「なんで!?どうしてこんな音入れようと思ったんだろう」と感じることがあります。
大別すればおなじ種類の和音でも、何かの音を抜いたりたった小さじ1杯のエッセンスを加えるだけで、作曲家の個性や曲の性格がそこに表れるという神秘。
すごいよねぇ。この時代に生まれてよかったなぁ。
だって、300年前の人たちよりも300年分多くの曲に触れあえるわけじゃない。
単純だけど。
なんかすごいよね~ 世界って壮大だよね~
こんな狭い世界でピアノ弾いたりなんだりしてるけど、それって世界とか歴史とか文化のほんの一部にすぎないんだよね。
なんだかあたい、今日はコスモな気分。



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by kabopiano | 2013-01-19 18:58 | おしゃべり | Comments(2)

同期の同僚が欲しい

題名はただなんとなくです。。
そんなわけでみなさんご存じの通り(?)、私には「同僚」という人がいません。
それは個人のピアノ教室の宿命でもありますが。。
同年代の友達や知り合いに音楽教室の先生をしている人はもちろんいます。
けれども常日頃仕事について話したり、日常的に会って話せる状況の同年代先生友達が、よく考えたら私にはいないのです。
同期の同僚とか、憧れちゃうな~。
でも同期の同僚がほしいと願うのは「おかあさん、おにいちゃん生んで!」というくらい無茶な話で。

同期はいないけれど、その分先輩先生方とお話しする機会が多くあるので、それは本当にありがたいなぁと思っています。
そういう状況の中で先輩方を見ていると、自分の至らない点ばかりが目につくことがあります。
例えばベテラン先生がしているコンクールや発表の場に向けての生徒の持っていき方、進路指導、思春期の生徒との関わり方などを見ていると、ピアノを教えるプラスアルファの「なにか」が自分には決定的に足りていないことを思い知らされます。
それはピアノ教師としての経験の差であるかもしれないし、人生経験の差に依る所も大きいのかもとは思います。
結婚してお子さんがいらっしゃる先生などは、自分の子供を実際に育てた経験が生きてくる場面も多いのではないでしょうか。

かと言って、結婚していなくて子どもがいない先生の人生経験が浅いとは思いません。
子どもをもってわかることはとてもたくさんあると思いますが、違うルートから、すなわち他の体験をすることで同じような地点にたどり着くことは可能だと思うからです。(でもケースバイケースね。)
そういった意味で、私にしかない持ち味というのがどこかにあるんだろうとは思います。
でも繰り返しになりますが、現状で私はそれを発揮できていません。

「私は将来これができるようになるんだろうか」
「これが理解できる日がくるんだろうか」
と考え始めると、現時点で先輩方と同じようにできなくても当たり前なのですが、それでも焦ります。

以前これと似たような気持ちを、車の運転で感じたことがありました。
まだ免許とりたてのわかば時代、なかなか運転が難しくて。。
老いも若きもみんな普通に運転してるのが意味わかんないと思ってました。
みんな「慣れだよ☆」とか言うけど、じゃぁ何キロor何時間走ったら慣れるのかはっきり教えてくれ!と言いたいくらいでした(笑)

でもある日気づいたんです。
運転してる人全員が運転の達人に見えていたけど、よくよく見たらどんくさそうなおばちゃん(失礼)も車運転してる。
てことは、このおばちゃんは運転歴が長いからなんとかやっているように見えるだけで、スタートは私と同じようなレベルだったんじゃ…。
そして私はこのおばちゃんよりはどんくさくなさそうだし(超失礼)、おばちゃんと同じ年数運転すれば一応あれくらいは運転できるようになるんじゃ?
そう考えて運転するようになって現在は、当時のように過剰に怖がることなく車を運転できるようになりました。
ただ、その名も知らぬおばちゃんにはほんとに悪いけど。

問題を先送りする訳ではないけれど、物事には今できることと将来できるようになることがあって、現時点でできなくてもしょうがないこともあるんだと考えた時に、ふっと気持ちが楽になりました。
今できることを増やしていくことが「将来できるようになること」につながるのは確かです。
その上で、自分に今足りないことや近い将来できるようになるべきことをできるだけたくさん自覚することが意外とキモなのかもしれないと感じています。
なぜなら今までの人生で、こうなりたい・できるようになりたいと思っていたことって実は少しずつ身について、いつの間にか当たり前のようにできていたなぁと思うからです。

気づくことができた弱点っていうのは、もう実は自分の手の届く範疇にあるんですね。
そう考えると今たくさん感じている至らなさや弱点は、50歳でできるようになるか80歳かはわからないけれどきっといつか強みになるはず。ですよね?


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by kabopiano | 2013-01-18 18:33 | 考えていること | Comments(0)

かじはらピアノ教室ブログです♪


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