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濃かった休日

この数日間、レッスンはお休みでした。
お休みは嬉しいですよね。
休みになったら、あれをしよう、これもしようと考えていました。
のんびりもしたいし、映画もみたいし、本もたくさん読みたいし。
自分のピアノの練習も普段より多くしたいし、いろんな制作や、
ドライブや、いろいろいろいろ、、、なんて。
仕事の事は一切忘れて、全然関係ない事をしようと思ったのです。

でも実際何をしていたのかというと、
そのほとんどが、「レッスン以外の仕事」でした^^;

たまっていた事務仕事(これが結構あるんですよ)、来年の計画、教材のこと、
そして一番大きかったのは、今後の方向性について考えた事です。

大きくなったら何になりたい?
「ケーキ屋さん♪」

こんな夢と希望を持つのは子どもだけでしょうか。

私はもう大人になってしまったけれど、(ある意味なりすぎてますけど)
まだまだ「なりたいもの」があります。

その、なりたい自分に向かって、今何をしたらいいのかを模索しています。
実際に積み重ねている事もいくつかあります。
そして、静かに静かに、それが実現するという確信を持っています。

そんな事を考えていたら、早くレッスンの仕事に戻りたくなりました。
忙しい時は「早く休みになってほしい~」と思い、
いざ休みになると、「早くみんなとレッスンしたい~」になるのですね。
不思議というか、贅沢というか、
でもピアノの先生はそういう人が多いと思います♪

明日からまたレッスン。楽しみです!


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by kabopiano | 2010-11-30 17:33 | Comments(0)

大は小を兼ねる

ピアノを弾く指は丸い方がいいとか、伸ばし気味がいいとか、いろんなことが言われます。
あるいは、ピアニストの○○さんがこんな指で弾いていたからこういう形が正しいとか、
あの名ピアニストはこんな弾き方をしているからこれがいいとか、
そういう事もよく耳にします。

でもそういう法則があるのではなく、
指の形は必要に応じて自由自在に扱える事が大事なのだと思います。
丸い指でも、伸ばした指でも、指先の関節がひっくり返って崩れては話になりません。
そのためには、指先の関節がひっくり返らず、強くしっかりしていることですね。
そういう事をこまかく訓練していると、「指を丸くしなさい」ということだけ強調されてしまうのでしょうか。
指を丸くしたとしても、いわゆる昔のハイフィンガーといわれる、指を高く持ち上げてから打鍵するわけではありません。
指を伸ばして弾いているからといって、ふにゃふにゃになっているわけでもありません。
また、脱力の事を非常に言われるので、腕と一緒に指までやわらかくふんにゃりしてしまう人もかなり多くいるようです。

たとえば、アルゲリッチが伸ばし気味の指で弾いているからといって、
初心者がいきなりあの指の形をマネしたらどうなるでしょう。
「放っておくと大変な事になりますよ」というたけしの某番組で流れる声がきこえてきそうです(笑)
アルゲリッチがどうしてあの指の形でプロコフィエフのコンチェルトを弾いてしまうのか、
そこは想像力を働かせる必要があります。
当然の事ながら、訓練されつくした強靭な手だからできる技ですね。
それを形だけマネしようなんて、大変危険なことです。

指先の関節を崩さず弾ければ、伸ばして弾く事ができます。
でも、指先の関節が崩れては、丸くも伸ばしても弾けません。
私はいつも「大は小を兼ねる」という意味で、この事を話します。
指先を丸くしっかりできれば、どんな指の形にも対応できるのですね。
決して、すべての場面で指を丸くしようというのではありません。
指先を崩して弾く事は、ゴールテープまであと1歩でコケるようなものでしょう。
腕の重みを伝える、大事な指先です。


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by kabopiano | 2010-11-29 21:36 | ピアノ | Comments(0)

毎日続けること

私は毎日ブログを書きます。
今までいろんな形で書いてきましたが、現在書いているのは3つ。
そのうち毎日書くと決めているのが、2つです。
そのほかにも、動かしていないブログが4つ5つあり、
今まで最高10のブログを書いていた事があります。どうかしてますね^^;
ブロガーと言われるのはあまり好みませんが、傍から見れば、明らかにブロガーなのでしょう。
そういうわけで、突発的な事がない限り、とにかく毎日何かを書きます。
「ブログに書く事がない」という人もいますが、私は書くことがなくても書きます(笑)

書くことがないのに、どうして書くの?どうして書けるの?という質問をされる事がありますが、
その時には「絞り出して書く」と答えます。
夜ギリギリ、23時55分の送信になっても、絞り出せば何か出てくるものです。

頭の中にぼんやりと思っていること
心の中にちょっとだけひっかかってきたこと
アンテナで受信したこと
事象ではなくイメージとしてあること
物事から連想したこと
1つのものからふくらませたこと
心情やポリシー
ひとりごと

そういうものを、実際の言葉として、キーボードで打っていくのです。
時には、自分の中から何が出てくるのかわからず書き始める事もあります。
そして、書いているうちに、自分でもびっくりするような展開になったり、
決まった!と思えるようなオチがつくこともあります。
頭の中で組み立てて書く事もあります。
もちろん、どうしようもない記事を書く事もあります。

この書く習慣は、ブログが世の中に出てくるずっと以前から続けてきました。
今はもうそれらを見る事ができないので、どれほどの雑文を撒いてきたのか、
確かめるすべもありません。
ただ「すごい量」としか表現できません。

生まれてから今まで切ってきた髪の毛がどれくらいの長さなのかを想像してみます。
ものすごい量だということはわかります。
でも、多分自分が思っているような長さではないのでしょうね。
やってみたらおもしろいでしょうが、これも残念なことに、確かめるすべがありません。

続ける事、積み重ねる事の意味。
これは、どんなに人の言葉を使って説明されても、伝わるものではないと思っています。
やってみてわかることばかり。「継続は力なり」とはよく言ったものです。
ごはんを食べればエネルギーになる。
毎日続けるとはそういうことです。

今自分で試しているのは、
このブログともう1つの音楽ブログ(鍵盤迷走)を1セットで書くという方法です。
内容がリンクしているわけではありませんが、できるだけ1つ書いたらむこうも書くことにしています。
おのずと、書く量が倍になります。
これはそれの2セット目です。
むこうに何を書くかはまだ考えていません。多分ヘンテコな事を書くことになるでしょう。
それを一番面白がっているのは自分自身です。
おもしろいから続けられるというのも、大事な条件ですね。


ピアノでも読書でも、
毎日続けていけそうな好きなことはありませんか。
やってみると、きっとおもしろいものが見えますよ。



ここもぜひ毎日(笑)
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by kabopiano | 2010-11-28 21:39 | おしゃべり | Comments(2)

最善とはなんだろう

あれもこれもやろうと思ったのにできなかった
こうなりたいのに、なかなかなれない
目標に届かない
はぁ~~・・・・(ため息)

こんな経験は誰にでもありますよね。

最善を尽くしなさい
最善を尽くそう
最善を尽くしてこそ

なんて言葉もよく見聞きします。

では、この最善とは何でしょう。

最善
なんだかとっても立派そうな言葉です。
立派で立派で、両腕を上に伸ばしても、全然届かない気がします。
ジャンプしても、踏み台にのっかっても、最善が見えてきません。
思っている「最善」に届かないことで、自分のいる場所がとても低く感じます。

でもちょっとまてよ。
よくよく考えてみます。

最善とは完全という意味でも、不可能という意味でもないのですね。
それは、CDのように弾けないから自分はヘタクソだと思うような笑い話と同じ。

最善を尽くすとは、
「自分のできることを一所懸命がんばること」だと思います。
手の届かないこと、できないことを追い求めることではないのです。

人それぞれが違うように、最善の意味も中身も人それぞれ。
決して人との比較でもありませんね。

あの人のようにできない
あの人のように弾けない

あたりまえです(笑)

私ならこれができる
私だからこう弾ける

そう考えて、自分にできる事を淡々とこなす。
最善を尽くすとは、そういう事だと思っています。

凹みたくなったら思い出してください。
自分にしかできない事があります。


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by kabopiano | 2010-11-28 17:16 | 考えていること | Comments(0)

ピアノの先生はなんでも屋

今日は手芸店に行き、あれやこれやの材料を買ってきました。
手作りレッスングッズを作るためです。

今やいろんな教材研究会があり、
その講座や勉強会で、いろんないろんな教材開発や手作りレッスングッズが紹介されています。
ピアノの先生たちは、それぞれいろんな工夫を凝らして、自分の教え方に合ったものを取り入れていくのですね。
そして、状況に応じて、ないものは自分で作ってしまうのです。

以前、税理士さんに確定申告の指導をしていただいた時、
(税務署に言えば無料指導を受けられます)
「ピアノの先生がこういうご苦労をされているとは知りませんでした」と、
手芸店のレシートを見ながら、しみじみ言われた事がありました。

傍目からみれば、ピアノの先生はピアノを教えることしかイメージできないでしょうから、
まさか手芸店のレシートが出てくるとは思わなかったのでしょう。
私の方は、税理士さんがそんなことで驚いていることに驚いたのでした。

以前は外注していた発表会のプログラムも、
写真も、ビデオも、CDも、アレンジ楽譜の打ち込みも、
パソコンやデジタル機器の普及で、自作できるようになりました。
そういう専門家の仕事が減った分、ピアノの先生の専門外の仕事が増えたわけです。
これからますます、できません、知りません、ではすまなくなっていきます。

今度は何屋さんになればいいの?と、
時代の流れを見ながら、ちょっとだけビクビクしている私です。
マネージャーがほしいなぁ、、、とつぶやきながら(笑)


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by kabopiano | 2010-11-27 20:37 | レッスン | Comments(0)

達成感

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布を集め、
配色を決め、
型通りに切って縫い合わせる。
キルト芯をはさんでキルティングをする。
バイアステープを作り、
そして形にしてバッグが出来上がる。

私は、パッチワークの手順が、ピアノの練習とよく似ていると感じます。
模様のピースをたくさん作り、それをつなぎ合わせる段階になると、
まさに、コツコツ譜読みを積み上げている感覚になります。

パッチワークに限らず、
編み物、洋裁、クロスステッチも、料理やお菓子作りもみな同じですね。

何かを作るとは、そういうことなのでしょう。
文章を書く事も、人間関係も、学校の勉強も。

出来上がった作品を見る時に大きな達成感があります。
どうしてこんなに感動が大きいのでしょう。

それは、そこに至るまでのプロセスを、その作品の中に見ているからです。
コツコツ積み上げてきた作業、費やした時間。
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指使いが1か所違うだけで、妙に弾きにくい箇所。
それを発見して、違う指に直して、それがなじむまでさらに弾き込んで、
やっと自分のものにするのですね。
気の遠くなるような、忍耐力のいる作業。
それに立ち向かった人が、ずっしりと重い達成感を手にできます。
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がんばるみんながクリエイター。


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by kabopiano | 2010-11-26 14:47 | 考えていること | Comments(0)

ピアノの先生として

すべての先人がそうであったように、
生きていればその時間なりの、いろんな出来事を経験します。
いい経験も、つらい経験も、全部ひっくるめて、タネとしかけになります。
引き出しとも言いますね。
心の中にしまってあるもの、手の中に握っているもの、
それらを、必要に応じて出していくのです。
まさにカードゲーム。

私も、年齢なりの経験を重ねてきました。
ごくあたりまえの経験もあれば、非常にレアな経験もあります。
中には、絶対経験したくなかったものもあります。
(みなさん同じですよね)
思いがけない出来事にうまく対処できず、たくさんの失敗もしました。
自分の未熟さと葛藤をどうしたらいいのかわからない時もありました。
でも、時間が過ぎて気付くと、それらの事がちゃんと引き出しに収まっていました。

子どもの頃から、ピアノの先生になりたいと思っていました。
それは単純に、ピアノに対する強い気持ちと、先生に対するあこがれでした。

人に何かを教える、伝えるという仕事。
言うほど簡単ではなく、思うほど難しくはなく。
資格もありませんので、自分で名乗ってしまえば、その日からピアノの先生です。
もちろんピアノがある程度弾けなければいけません。
でも、ピアノだけでは足りない。
教えること、伝えるためには、さらに「何か」が必要です。
その何かが何なのかは(ややこしいですね・笑)やってみて初めてわかる事かもしれません。

ずっと私の心の中に、ピアノを教えたいという気持ちがあったのを、神様はご存じだったのでしょう。
その時から、私にとって必要な経験や試練が、どんどん上から降ってきました。
もうやめて~~、ギブアップ~~、と座り込んでも、はい次、はいその次、と止まる事がありませんでした。
そしてその課題や試練と少しズレたところで、必ず「ごほうび」をもらっていました。
今振り返ると、それの繰り返しだったように思います。
私は今、たくさんの経験からいろんなカードを切って、ピアノの仕事をしています。
そしてこれからさらに経験する事が、自分にとってどういう力になっていくのかを想像すると、
今までと同じように、与えられる試練や経験を乗り越えていこうという気持ちになります。

自分の力が及ばない時は凹んでしまいますよね。
みんな同じです。
でも凹んで立ち上がる時、何か1つ手に握ってきましょう。
泣きながら、ジョークの1つでも言えるように。

「引き出しをたくさん持つ」というのは、
導入教材をどう使うかとか、指の訓練をどうするかとか、
そういう事ばかりではありません。
ありとあらゆるたくさんの経験をすることです。
たくさん友だちを作り、たくさんおいしいものを食べる。(←重要・笑)
ピアノ指導者になりたいなら、臆せずなんでもやってみることですね。
どんな事からも吸収できるものがあるはずです。
あたりまえの事に感動できたら、バッチリですね。



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by kabopiano | 2010-11-25 12:13 | 考えていること | Comments(0)

入口

音が弾けたら、もうこれで弾けたと思ってるでしょう?
でも、音が弾けたのは、入口にたどり着いたってこと。
扉を開けて中に入るの。これからが本番なのよ。

(きょとん??)

ほら、今ディズニーランドの入口に着いたの。
入口に着いたら嬉しいよね。それだけでもわくわくするよね。
でも、入口をみてオシマイだったらどうする?
本当に面白いのは、ゲートの中よね?
音が弾けるようになったのは、まだ入り口のところなの。

(なっとく)


レッスンでこんな会話をしながら、私自身の練習を振り返ってみました。
譜読みが定着するまで、とても長いです。
楽譜を見ながらでも、通して弾けるようになるにはかなりの練習が必要で、
そこそこ大きい曲になると、音も指も体に定着しないと弾けません。
今やっとのことで、ヨタヨタ最後まで弾ける状態になりましたが、
ここまでくるのが本当に大変でした。

でも、ここからの練習はおもしろくなります。
どんどんどんどん弾き込んで、曲の中に入っていけるからです。
私にとっては、ディズニーランドのアトラクションと同じ。

自分自身が、いつも弾く楽しさ(大変さも含めて)を継続して、
その楽しさを、レッスンでたくさん伝えていきたいと思っています。

音が弾けるようになってからが、本当の勉強ですね。



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by kabopiano | 2010-11-24 20:42 | 練習 | Comments(0)

工夫

子どもが多いので、家計のやりくりが「超」大変な時期がありました。
確かに今も大変なのですが、あの頃の緊迫感がないので山を越えたのでしょう。
あの頃の「闘い」が今も続いていたら、現在ヨレヨレの私は身がもちませんし(笑)

親の仕事は「食べさせる」こと。
とにかく、食料品の調達にはエネルギーを注ぎました。
私が運転免許をとった時、3歳を頭にすでに3人の子がいましたので、
運転できない時期には、大量の買い出しで、いつも腕に青あざの筋がついていました。

仙台には、駅の近くに「朝市」があります。
せまい筋にお店がたくさん並んで、安いものを競争のように売っています。
私と夫は、その安さを求め、毎週のように連携プレーで超高速買い出しをしていました。
ここまですると、買い物も「技」ですね(笑)

この時期の必死な経験から、ある意味、お金も時間もエネルギーの1つだと悟りました。

たとえば、どんなに安いものを求めて出かけて行っても、
時間を使いすぎて、高い駐車料金を払うのは本末転倒です。
駐車料金がどうすれば無料になるかを考え、無料にする買い物が必要なものであり、
なおかつ安くなければ、この買い物作戦は成功とは言えません。
安いガソリンを求めて、ガソリンを余分に消費させて、遠くのガソリンスタンドに行くようなものです。
たかが1リットル2円安いからと、二度と戻ってこない時間とガソリンを使うなんて。
笑い話にはもってこいですが(笑)

主婦ネタの買い物の話になってしまいまいましたが、どんな事にもあてはまると思います。
二度とあともどりできない貴重な人生。
その人生の質を高めるのは、失敗や挫折の経験ではないでしょうか。
何が失敗で、何が痛いのか、何が損なのかを、どれだけ自分の中に取り込めるか。
これはとても大切なことですね。

失敗したら工夫すればいいのです。
次はこうしよう、次はこっちから行こうとすることで、新たな道が見つかります。

失敗したままやめてしまったら失敗のまま。
うまくいくまで続けたら、それまでの失敗までもが成功に転じるのですね。
私がいつも思う、ひっくり返す精神。

ピアノの練習も工夫工夫の連続です。
終わりのない工夫。
大人も子どもも、ピアニストも初心者も、
もちろん私も、
みんな同じ苦労と工夫を重ねているピアノです。


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by kabopiano | 2010-11-23 14:09 | 考えていること | Comments(0)

いつかこの曲を弾けるようになりたい

私の教室では、毎年7月に発表会を行っています。
クリスマス会もおさらい会も、ハロウィンパーティもしないので、
1年に1度の発表会がメインイベントになります。
7月というのは、夏休み前ということと、寒い時期を避けたいという理由からです。
できるだけ手が冷えない状態で弾いてほしいので。

もう少しで12月。
信じられないけれど、2010年が終わってしまうのですね。
そして2011年に入ると、またコンクールの準備とともに、発表会の事を考え始めます。

次回の発表会では、どんな曲が並ぶのでしょう。
・・・・と考えてみたら、実はすでに8割以上の生徒が曲を決めていたのでした。
ややや!
そして、さっき紙に書き出してみると、これがまたショパンの多いこと!(笑)
世の中では今年がショパンイヤーだったのに、わが教室では来年がショパンイヤーのようです。


発表会に限らず、何かのイベントがある時、
私はある程度選曲のコントロールをしてきました。
その基準の中に、有名すぎる曲は避ける、似たような曲が重ならない、というものがあります。
指導する立場であれば、こういうバランスも頭に入れて計画をたてるのですね。

この中で、特に「有名すぎる曲は避ける」という事については、いろいろ思うところがあります。
言ってしまえば、「エリーゼのために」や「アラベスク」や、その他いろんな有名な曲は、
多くの人が知っているだけに、耳も厳しいわけですね。
それをあえて、こういう曲を弾くのは、それなりの覚悟がいるのです(笑)

「どうする?みんな知ってる有名な曲だけど、それでも弾く?」
・・・なんて、ちょろっと揺さぶってみたり^^;


でも、ある時ハッとしました。

有名な曲を有名すぎると思っているのは、もしかしたら私だけなのではないか、と。
自分自身も子どもの頃から弾いたり聴いたりしてきて、
さらに指導の仕事をするようになってからは、イヤというほど有名曲と関わって、
本当のことをいえば、私自身が飽きてしまっているのではないか、と。

「エリーゼのために」などの曲は、私にとって耳タコみたいな曲です。
でも、未経験の生徒には、初めて弾く曲なのです。

こんな簡単な事を忘れてしまって、私は何をしていたのだろうと、
しばし考え込んでしまいました。
ピアノの先生として、こういうあたりまえの感覚を忘れるとは、大変な未熟者ですね。

それからはもう、発表会の選曲に有名も無名も、枠を決めない事にしました。

弾きたい曲を弾く。
もちろん、ステップアップと達成感を目的として。

「知っている曲を弾きたい」と生徒たちが口ぐちに言うには、ワケがあるのです。
有名な曲に対する憧れ。
いつかこの曲を弾けるようになりたい。

これは、子どもであろうと大人であろうと同じ気持ち。

いつかこの曲を弾けるようになりたい

この希望があるからこそ、ピアノを弾いているのですよね。
有名な曲は、モチベーションそのものなのでした。
その事をどこかに置き忘れて、「飽きた」などと思っていた自分を恥じています。


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by kabopiano | 2010-11-22 21:03 | 発表会 | Comments(3)

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